芸術大学の教員として講義をする時、映像に関する話をすることがほとんどなのですが
様々なアートにまつわるエピソードから、現代の映像という芸術に通ずる話をすることがあります。
特に大学に入学したばかりの1年生を担当することが多いので、あまり難しくなく誰もが知っているアート作品の話を入り口にして講義を行うことが多いです。
昔、パリのルーヴル美術館を訪れた際に一緒に館内を周ってくれた日本人ガイドの解説がわかりやすく
そこで教えてもらったアートにまつわるエピソードが面白くて、その後のアートの楽しみ方・見方を大きく変えてくれた素晴らしい体験となりました。
今回はそのガイドさんに教えていただいたエピソードの一部を紹介していきたいと思います。
ルーヴル美術館の中でも非常に空間が広く、目立つ場所である「ダリュの階段」の踊り場に
1点のみの展示で聳える「サモトラケのニケ」があります。
シューズメーカー「nike」の語源にもなった、頭と腕が失われた大きな翼を持つ女神像です。
「nike」のロゴはこのニケ像の翼をモチーフにしています。
大きな大理石の台座の上に立つニケ像は、台座を含めて5.57mもある巨大な立像で
紀元前200年前後に製作されたものと言われています。
誰もが一度は見たことがあるであろうこの彫像、なぜこんなに有名で
ルーヴルの展示の中でも特別扱いされているんでしょう?
ニケ像のデザインは帆船の船首部分に飾られる女神像と同じ類のものです。
大航海時代、長期の航海は過酷な旅だったので
船首女神像は航海の安全を祈願したものと言われています。
しかし「サモトラケのニケ」は船首に取り付けるにはあまりにも大きく、重量が重すぎます。
では、どこに立っていたのか?
諸説あるものの、エーゲ海に浮かぶサモトラケ島の岬に立っていたという説が有力で
エーゲ海を航行する船舶の安全を見守っていたのではないかと考えられています。
海に向かって岬に立ち、海の風と波飛沫を受けていたニケ像。
薄い衣を纏った体は波飛沫に濡れ、風に吹かれて体に衣が張り付き
体のフォルムをくっきりと映し出す繊細な布のヒダを見事に彫刻で表現しています。
ニケ像のお腹をよく見ると、濡れた薄い布が張り付き、おへそがしっかり見えています。
大理石の彫像でありながら薄い布、濡れた水分、岬に吹く風を繊細に表現していること。
当時の彫刻の中でも高度な技術で美しく表現されていること。
船首女神像のデザインでありながら巨大立像となっていることなどが「サモトラケのニケ」の特徴であり
この彫像を有名にした要因なのです。
船首女神像には求められない写実的な表現を巨大彫像として製作された「サモトラケのニケ」は
一定のルールの中で製作されていた女神像のあり方を突破した
エポックメイキングな作品と言えるのです。
山田(・ω・)ノ